空座町学校物語








空座町に古い歴史がある、空座女学校がある。

戦前に建てられた、歴史ある高等学校だ。



他校が共学になっていく中、女子校というスタンスを変えなかった空座町唯一の女子校である。



紅葉した落葉樹から葉が落ちる季節の今日、留学してきた生徒が居る。














「は〜い!席について〜!」



担任の女の先生が生徒達に声をかける。

そこは空座女学校高等部2年B組の教室である。



「何よ先生〜。いつもは朝礼ないじゃない〜」



金髪で真ん中分けの、スタイルがいい女生徒が意見する。



「今日はちょっとしたお知らせがあるのよ」


「お知らせ?」


「何、何ぃ?」



クラスの生徒達は何のお知らせなのか、わくわくしていた。



「昨日話してた、留学生が到着しました〜!入ってきて〜!」



先生はそう言うと、廊下側の入り口に向かって声をかけた。

声をかけて数秒後、ドアがガラっと開いた。



髪はウルフカットのようで、後ろを二つに結び、三つ編みにしていた。
背は小さく、端正な顔立ちをしていた。


真ん中まできて、黒板に名前を書いた。




「中国の上海から来た蜂 梢綾(フォン シャオリン)ちゃんよ。」


「蜂 梢綾です。よろしくおねがいします。」




クラス中がしんと静まりかえっていた。




(何でこんなに静かなんだ?)




梢綾は、すごく戸惑っていた。




「可愛い―!」




一人の生徒がそう言ったのを引き金に、みんなが一斉に声を発した。




「どうしてそんなに日本語うまいの〜?」

「本当、可愛い〜」

「可愛いね〜」

「うんうん!」

「友達になりたぁい!」

「中国語教えてもらお〜」

「あ〜!私も私も〜!!」

「梢綾ちゃん!席こっちだよ〜!」




そう言って、ピンクの頭の小さい子が前に歩いてきた。



「じゃぁ、草鹿さん。よろしくね」

「はぁ〜い!」




その子は前まで来ると、砕蜂に言った。




「草鹿やちるだよ。よろしく〜!」


「よっ…よろしく…」

「梢綾ちゃんの席はこっちだよ!」




そう言って、梢綾の手を取り、走り出した。

梢綾はやちるに引っ張られるように、席まで案内された。




梢綾の席は一番後ろの窓際。




取って付けたように、はみ出していたその席は隣の席の人がいないので少々寂しそうである。




「蜂さん!黒板見える?」

「あっはい!見えます。」




前に5人いるその一番後ろは確かに、黒板が見えにくそうであった。




だが、梢綾にはそれはあまり問題ではなかったようである。




(一番後ろ等…何年ぶりだろう…)




手に持っていた鞄を机にかけて席へつく。


新しく始まる生活に胸が高鳴る。




「じゃぁ〜授業始めるわよ〜」



先生のそのかけ声で授業が始まった。

















お昼休みになった。



今までの10分休憩は、周りの生徒に話をしようと言い寄られていた。

今は、お昼を一緒に食べようと引っ張りだこである。





「梢綾ちゃん!一緒に食べよ〜?」


「い〜や〜っ!あたしと食べるんだよね〜?」


「やちるちゃんばっかりずる〜い!」


「梢綾ちゃん一緒に食べましょう〜?」


「千鶴は触るな!汚れるだろ!」


「ひっど〜い」





机の周りで、言い争われるのは、実に気分が悪い。





「こうしたらいかがですか?今日はやちるさん達。明日は雛森さん達。明後日は井上さん達」





がやがや騒いでいるところに仲裁に入ったのは眼鏡をかけている、見るからに優等生の子であった。




「みなさんが自分勝手なこと言ってるから、梢綾さんが困ってるじゃないの。」




この子はこの騒動の一部始終を見ていたらしい。




「ななちん!」


「七緒…しゃ〜ない。クラス()委員もそう言ってることだし…」


「そうね。七緒さんの言う通りにしましょう?」





まさに鶴の一声とはこのことである。



「解ったらいいんです。さぁ早くしないとお昼休みが終わりますよ!」



七緒がそこから立ち去ろうとしていたとき、梢綾が声をかけた。



「あっあの!」


「えっ?」


「ありがとう…えっと…」


「いえ。いいんです。あ。伊勢です。伊勢七緒。七緒と読んでください」





そう言って七緒は微笑んだ。




「ありがとう。七緒さん」


(すごくいい人なんだなぁ…。)




梢綾は人の温かみに触れていた。

























梢綾の世話役をかって出てくれた生徒はたくさん居た。




その中でも成績優秀、クラス委員と言うことで、梢綾の世話役は七緒とやちるになった。






「やちるちゃんってクラス委員だったんだ」


「うん。そうなの〜私が委員長でななちんが副委員長だよ!」




梢綾は校内を案内してもらっていた。

まだ来たばかりの学校は広くて、どこに何があるのか解らない状態だからである。





「梢綾さんはどうして日本に?」


「あたしも気になってた〜!日本語、すっごく上手なのになんで〜?」


「それは…」




梢綾は何か理由があって日本に来たようである。





「……私の母親は日本人なんだ。以前から日本に興味があったから、長期留学をさせてもらったんだ…」


「そうなんだ!だから日本語、上手なんだね」


「たくさん日本の文化に触れて帰ってくださいね」





二人ともすごくうれしそうに梢綾に向かって微笑んでくれた。

梢綾も暖かい二人に感謝したが、心の中は、少し複雑であった。




(…二人には悪いが、本当の理由は誰にだって教えられないからな…)




罪悪感と後ろめたさが、梢綾の心で渦巻いていた。























一通り校舎を見終わった後、梢綾は鞄を持って図書館へ行ってみた。



覚えたばかりの道を通って。



七緒は、クラスに戻って早々に「塾があるから」と帰ってしまった。

やちるはクラスメイトと一緒について行こうかと言ってくれたが、梢綾は断った。




一人になりたい気分だったのだ。

この学校は、中高一貫の私立校なので、広大な敷地と施設を有している。



中等部1年から中等部3年までの中学校舎。
高等部1年から高等部3年までの高校校舎。

その間に職員室や音楽室、美術室や特別教室が入っている、特別校舎がある。



図書館はまたそれらとは離れた場所にあるのだ。





(それにしても、なんでこんなに広いんだ…)





先ほど案内して歩いた記憶を頼りに歩いていた。


梢綾は元々みんなと群れているよりも、一人で居るのが好きな子である。





(今日は疲れたな…)





黄色い銀杏や真っ赤な紅葉、広葉樹が道の両端に等間隔に植えてある。





(…図書館はまだかな…)




なかなか、図書館に着かないので梢綾はだんだん不安になってきた。




(というか私は帰れるかな…)




つく前から帰りの心配をするほど不安になってきた。

しばらく歩くと、並木道は終わり、広い庭のようなところに出た。



(…図書館じゃないよなぁ?)



見るからに図書館ではないことは確かであった。

周りに図書館らしき建物も無かった。




(ここは何処だ…)




言っておくが、梢綾は方向音痴ではなく、道を知らないだけである。




(…図書館はあきらめよう…)




そう思って帰ろうとした時、視界に誰かが入った。




(っ!?)



梢綾は勢いよく振り返る。




そこには褐色肌で髪の長い女生徒が立っていた。

真っ黒の長い髪が風に揺れる。




「っ!」




梢綾は驚いて居た。

そんな梢綾を後目に、女生徒は近づいてくる。




「どうした?道にでも迷ったか?」




その口調はとても優しく、幼い子供に何か聞くような口調だった。




「あっ…はい…校舎はどっちですか?」


「転校生か?案内してやろう。ついて来い」


「はっはいっ…」




女生徒は梢綾を越して歩いていくので、梢綾は置いて行かれないよう追いかける。




「お主はひょっとして…中国から来た留学生かのぉ?」


「あっはいそうです。」


「…にしては、ずいぶん日本語が達者じゃのう。」


「母が日本人なので…」


「そうか。なるほど…」




梢綾が先ほど歩いてきた並木道を二人で歩く。




「名前を聞いてもいいかのぉ?」


「あっはい…蜂 梢綾です…」


「梢綾…綺麗な名前じゃのぉ。どこかに行こうとしていたのか?」


「あっ…ありがとうございます……」




梢綾は少し照れながら答えた。





「とっ図書館に行こうとしていたんですが、行く前に迷ってしまって…」


「そうか。ここは広いからのぉ。」




はははっと笑いながら女生徒は答えた。

いつの間にか校舎が目の前にに迫っていた。




梢綾は校舎を入って、下駄箱まで案内してもらった。





「じゃぁな。気を付けて帰れよ」

「あっありがとうございます。あのっ…」





帰ろうとしていた女生徒に声をかけた。




「ん?何じゃ?」


「おっお名前をお聞きしてもいいですか?」




クスッと女生徒は笑って答えてくれた。




「四楓院 夜一じゃ。また話そうな。梢綾。」


「はっはい…」




そう言って、夜一は歩いていった。




「あの方だ…間違いない……夜一様………」












秋風が吹く外に出て帰って行った。













第一部完





























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