楽しい時間というものは、あっと言う間に過ぎてしまう。

お昼休みは、キーンコーンカーンコーンと鐘の音で終わりを告げられた。










「おっと。もうそんな時間か…」


「早いですねぇ」


「楽しい時間はあっと言う間じゃからのぉ。さあ、行くか」


「はい。」









梢綾は弁当箱を片付けて、歩き出そうとする夜一を追いかける。









「景色はすっかり秋じゃと言うのに、未だ暑いのぉ」


「そうですね…」









ふうっと吹いた風は未だ夏の匂いがした。







「夏は好きか?」


「あっいえ…私は…冬が好きです。」







突然ふられた質問に戸惑いながら答えた。








「そうか。儂も冬が好きじゃ」








微笑みながら、梢綾の答えに対して同意した。








「夏は暑くてかなわんからのぉ…」


「そうですね」









梢綾もつられて微笑む。

二人はゆっくり話をしながら校舎に向かった。



























帰りも共に帰る約束をした梢綾は、とにかくうれしくてたまらなかった。




どんな話をしようか。

どういうことを聞いても失礼ではないだろう。


いろんなことを模索しながら午後の授業を受けていた。





















「梢綾ちゃ―ん!一緒に帰らない?」





帰りの用意をしていると、やちるが話しかけてきた。






「ごめん…夜一様と約束しているんだ…」






梢綾は申し訳なさそうに言った。






「そうなんだ〜…まぁ夜一お姉さまなら仕方ないね。また一緒に帰ろうね!」





ニッコリと笑顔で、またねと誘ってくれた。

梢綾もつられて微笑する。







「あぁ。また一緒に帰ろう」







やちると少しはなしていると、夜一が訪ねてきた。






「梢綾は居るかのぉ?」


「はっはい居ます!梢綾ちゃ―ん」







クラスメイトが夜一が来たことを教えてくれた。

梢綾はやちるに「さよなら」と簡単に挨拶をして夜一の方に行った。







「さて帰るかのお」


「はい」







梢綾は満面の笑みで夜一に答えた。二人は下駄箱に向かっていった。
































「夜一様のおうちはこの辺なんですか?」




梢綾は延びる自分の陰を見ながら聞いた。







「あぁ。この辺だ。向かいに公園があってのぉ…日曜日は子供達の声がするのじゃ」



「それが五月蝿くてのぉ〜」と苦笑しながら話をしてくれた。

梢綾はその気さくな夜一が、本当に美しく思えた。





(皆がこの方を生徒会長に選んだのは正解だな…)





梢綾は夜一様の姿を見ながらそう思った。







「梢綾は好きなものはあるかのぉ?」

「えっ」






梢綾は不意に質問を振られて驚いた。









「そっそうですね…私は蜂が好きです」


「ほぅまたそれは変わっておるのぉ」


「あっはい…私の中国での名は砕蜂と言うのです。
         家業を継ぐときに梢綾から改名して祖母の名をいただいたのです。」










梢綾は少し恥ずかしそうにそう言った。

夜一は2つ名があることがすごく気になったようで、梢綾に色々聞いた。











「名が2つもあるのか…家業というものを聞いても良いかのぉ?」


「えぇ…家業は…そうですね。わかりやすく言えば清の時代から、代々王家に使えているんです。」


「そうなのか…でも今は王は居らんのじゃぁ…?」










そう。

今の中華人民共和国は王様の制度はなくなっている。
王が居たのは清の時代までである。










「はい…なので今は、かなりお金持ちのお家に代々使える一族になったのです」








梢綾は苦笑しながら答えた。

それを聞いた夜一は 、空を仰ぎながら言った。











「そうか…世界は広いのぉ。儂の知らないことばかりじゃ…」


「名前に蜂と入っているので蜂が好きなのです…夜一さまの好きなものは何ですか?」











梢綾は夕日が逆光になり表情が読みづらい夜一の方を向いて聞いた。










「儂か?儂はのぉ…ん〜猫!黒猫が好きじゃ」









にっこり笑って梢綾に答えてくれた。











「黒猫ですか?」


「そうじゃ。儂は何故か昔から黒猫が好きなんじゃ」






(そうか…黒猫が好きなのか…)







梢綾はよく覚えておこうと思った。

穏やかに笑う夜一の姿がとても愛おしく感じられた。











二人は並んで歩いていった。




真っ赤に紅葉した落ち葉が、目に痛い日だった。








第五部完












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